
この映画は「面白さ」を期待すると確実に裏切られる
『レヴァナント 蘇えりし者』を語るうえで、まず最初に線を引かなければならない。この映画は、一般的な意味での「面白い映画」ではない。展開は遅く、物語は単純で、カタルシスも薄い。テンポの良さや娯楽性を求めて観ると、高確率で退屈する。これは擁護でも予防線でもなく、事実だ。
では、なぜこの映画は高い評価を受け、アカデミー賞まで獲得したのか。その理由は明確で、本作は「物語を楽しませる映画」ではなく、「映画というメディアでしか成立しない体験を強いる作品」だからだ。観客は快楽ではなく、過酷さを共有させられる。そこにこそ、この映画の存在意義がある。
あらすじは極限まで削ぎ落とされている
19世紀アメリカ。実在のハンター、ヒュー・グラスは、熊に襲われ瀕死の重傷を負い、仲間から見捨てられ、極寒の荒野に置き去りにされる。それでも彼は死なず、生き延び、裏切った男への復讐を果たすために進み続ける。
あらすじはこれだけだ。伏線もどんでん返しもない。重要なのは「何が起きるか」ではなく、「それがどれほど過酷に描かれるか」。この映画は、物語を語ることにほとんど興味を持っていない。
監督イニャリトゥがやっている“危険な賭け”
本作を手がけたのは、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ。前作『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』では、「自我」「承認欲求」「表現者の狂気」といった、極めて内向きなテーマを描いていた監督だ。
ところが『レヴァナント』では真逆に振り切る。ここで描かれる人間は、思想も哲学も語らない。あるのは、寒さ、痛み、飢え、恐怖といった生理反応だけだ。人間は思考する主体ではなく、自然環境に反応する“肉体”として扱われる。
この時点で、映画としてはかなり危険な賭けをしている。感情移入を削り、説明を排し、観客に「理解」ではなく「耐久」を求めているからだ。
音と沈黙が支配する異様な没入感

この映画を成立させている要素のひとつが「音」だ。風の音、木々のざわめき、雪を踏みしめる足音、荒い呼吸。これらは単なる効果音ではなく、常に観客の感覚を締め付ける存在として配置されている。
音楽を担当しているのは 坂本龍一。だが、いわゆる“感動を演出する音楽”はほとんど鳴らない。旋律は希薄で、無音との境界が曖昧だ。結果として、観客は音楽に導かれるのではなく、自然音に包囲される。これは映画館の音響環境が良ければ良いほど、体感が跳ね上がる。
自然光撮影がもたらす「美しさではない映像」
『レヴァナント』は自然光のみで撮影されたことでも知られている。確かに映像は美しい。しかし、その美しさは癒しとは正反対にある。雪原は冷たく、空は無関心で、人間の存在は常に取るに足らないものとして映される。
ここで重要なのは、映像が感動を生むために存在していない点だ。映像は「自然は人間に一切の配慮をしない」という事実を、視覚的に突きつける装置として機能している。だから観ていて疲れるし、楽しくない。それで正解なのだ。
この映画は「ディカプリオという肉体の記録」である

そして最大の要素が、レオナルド・ディカプリオ。断言するが、この映画は「ディカプリオを、ディカプリオの演技を観るための映画」だ。彼はここで、感情を語らない。叫び、這い、耐え、息をする。それだけで成立している。
重要なのは、彼の演技が“表現”ではなく“現象”に近いことだ。寒さで震える身体、痛みに歪む顔、それらは演技として見る前に、身体反応としてこちらに伝わってくる。観客は共感する前に、先に疲弊する。この順序の逆転こそが、『レヴァナント』を唯一無二の作品にしている。
なぜ「退屈」なのに忘れられないのか
観終わった直後、爽快感はほとんどない。むしろ疲労感の方が強い。それでも数日後、雪原の映像や無言の表情がふと頭に浮かぶ。この映画は、感情ではなく「体感の記憶」として残る。
だからこそ、ながら見やスマホ視聴にはまったく向いていない。集中できる環境で観るかどうかで、評価が真逆になる作品だ。
総評|映画を“体験”だと思っている人へ

『レヴァナント 蘇えりし者』は、万人向けではない。面白さを求める人には勧めにくい。だが、映画を「体験」として信じている人にとっては、極めて誠実で、過酷で、忘れがたい一本になる。
評価表(2016年4月時点)
| 項目 | 評価 |
|---|---|
| ストーリー | ★★☆☆☆ |
| 映像 | ★★★★★ |
| 音響 | ★★★★☆ |
| 演技 | ★★★★★ |
| 総合評価 | 79.5点 / 100点 |

レヴェナント 蘇えりし者
1823年、アメリカ北西部。先住民の襲撃を受けて故郷への帰路に着いたハンター集団の1人、ヒュー・グラスが熊に襲われて重傷を負う。同行は無理と判断したリーダーの指示により、グラスは息子ホークと2人の仲間を付き添いとして現地に留まることに。だが、グラスに敵意を抱く付き添いのフィッツジェラルドは、彼を生き埋めにした後、ホークを殺害して逃走。死の淵から蘇ったグラスは復讐に燃えてフィッツジェラルドを追う...。

