あのイントロが流れた瞬間、空気が変わる
1991年。CDショップの試聴機に並んでいた新譜の中で、静かに光っていた一枚があった。
CHAGE and ASKA『太陽と埃の中で』。
ピアノの音が一粒鳴っただけで、世界が止まる。都会の喧騒も、仕事帰りの疲れも、一瞬で遠のく。
あのイントロは、心の中に“風”を吹かせる音だった。
ASKAが歌い出す。
「名前も国もない 生まれたての元気 all right」
初っ端からもう、胸の奥を掴まれる。
当時のチャゲアスはヒットチャートの常連だったけれど、この曲は少し違っていた。
派手さではなく、“人間の内側”を真正面から描いた静かな炎のような曲だ。
「太陽」と「埃」、その間で揺れる心
このタイトル。「太陽」と「埃」。
眩しさと汚れ。希望と現実。ふたつの言葉が並ぶだけで、もう物語が始まっている。
ASKAがこの曲を書いたとき、彼はちょうど30代半ば。
順風満帆に見えたキャリアの中で、自分自身を見失いかけていたという。
光を掴もうとすればするほど、手のひらに残るのは“埃”だったのかもしれない。
追いかけても 追いかけても つかめないものばかりさ
愛しても 愛しても 近づくほど見えない
このサビ。
まるで、誰かが心の奥でずっと呟いていた本音を、そのままメロディにしたようだ。
恋愛にも人生にも、音楽にも、何かを追いかけている人なら、この痛みはわかる。
90年代、夢と現実のはざまで
90年代初頭、日本のポップシーンは“過渡期”だった。
小室哲哉もB’zもまだ進化の途中。音楽がテレビやドラマと結びついて、社会全体を巻き込んでいく前夜。
そんな時代に、「太陽と埃の中で」はドラマの主題歌でも、トレンドの産物でもない形でヒットした。人の心に届いたのは、時代の波ではなく、本物の言葉と声だった。
ASKAの声は、あの頃からずっと変わらない。強いのに、どこか壊れそう。
優しいのに、痛いほど真っ直ぐ。そしてCHAGEのハーモニーが、その声を包み込む。
あの二人の声が重なった瞬間、言葉では言い尽くせない“救い”が生まれる。
追いかける者の歌
「太陽と埃の中で」は、結局“追いかける人”の歌だ。
掴めないと知っていても、諦めきれない人の歌。
この曲には、人生の手触りがある。
例えば仕事に疲れた夜。大事な人とすれ違ったあと。
心が乾いたときに聴くと、じんわり染みる。
それは「頑張れ」なんて安っぽいメッセージじゃない。
もっと静かで、でも確かな“灯り”みたいなもの。
ASKAの声が、「それでも生きよう」って、ささやいてくる。
音の隙間に宿る“人間らしさ”
アレンジは控えめで、音数が少ない。でも、その“隙間”がいい。
イントロのピアノ、間奏のギター、ストリングスの余韻。すべてが、聴き手の呼吸とシンクロする。
Jess Baileyとの共同アレンジは、西洋の透明感と日本的な哀愁を絶妙に溶け合わせている。
これが“チャゲアス・サウンド”の真骨頂。派手な構成じゃなく、感情を「削って残す」ことで伝わる美しさ。
ASKAは一度こう語っている。
「この曲は“光と影の同居”をテーマにした。生きるって、いつもその両方の中にいると思う。」
その言葉通り、明るさも暗さもすべて含めて、この曲は“生”そのものを描いている。
CHAGE and ASKAにとっての転換点
1991年。この「太陽と埃の中で」を出した年、CHAGE and ASKAは続けて「SAY YES」をリリースする。
あの“国民的バラード”の前夜に、この曲が存在していたことには意味がある。
「SAY YES」が“誰かを支える愛”だとしたら、「太陽と埃の中で」は“自分を支える覚悟”の歌。
つまり、内側に潜る曲。静かだけど、深い。
そしてその深さが、彼らの音楽を次のフェーズへと導いた。
ASKAの作詞作曲には、常に「人間へのまなざし」がある。
綺麗ごとを排除し、心の奥をさらけ出す。
その誠実さが、この曲を永遠に“今の歌”にしている。
現代に聴く「太陽と埃の中で」
30年以上経った今、YouTubeのコメント欄にはこんな声が並ぶ。
「今の自分のための曲みたい」
「心が疲れたとき、この曲が一番効く」
「若い頃にはわからなかった意味が、今ならわかる」
そう。
この曲は年齢とともに意味を変える歌だ。
20代で聴けば“夢を追う歌”に聞こえ、
40代で聴けば“現実と折り合う歌”になる。
そして人生の終盤に聴けば、“それでも希望を見失わない歌”になる。
音楽って、本当はこうあるべきなのかもしれない。
時間が経つほど、深まる。
聴く人が変わるほど、響きが変わる。
太陽の下、埃をまとって
人生は、いつも太陽の下で埃をかぶっていく。
完璧じゃない。
汚れも傷も、どうしてもついてしまう。
でも、それでいいんだと思わせてくれるのが、この曲だ。
光の中に立つために、まず“埃の中で生きる”覚悟がいる。
ASKAの声は、その痛みを知っている。
だからこそ、聴く者の心をほどく。
希望は、埃の中から立ち上がる
「太陽と埃の中で」は、30年以上前の歌なのに、まるで今の私たちのために書かれたようだ。
どんなに頑張っても、掴めないものがある。
どんなに愛しても、届かないことがある。
でも、それでも生きていく。
それが“生きる”ってことだと、この曲は教えてくれる。
ASKAの言葉が、CHAGEの声が、今も心の奥で静かに燃えている。
そしてきっと、あなたの中にも——
“太陽と埃の中で”のような瞬間が、あるはずだ。
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