
2026年に幕を開ける NODA・MAP 第28回公演『華氏マイナス320°』。
“正しくない科学に基づく、正しくないSF(サイエンス・フェイクション)”と銘打たれた新作には、阿部サダヲ、広瀬すず、深津絵里という、世代も表現スタイルも異なる三人が集結する。
奇想と寓意をたたえた野田秀樹作品のなかでも、今回は特に「未知」が作品の核。そこに挑む三人の“今”を軸にすると、この舞台の見え方が変わってくる。
物語の始まりは、とある化石の発掘現場。大量の骨が掘り出されても、発掘チームが目を奪われるのは“謎の骨”ただひとつ。そこから現代・中世・古代へと時空がゆがむように広がっていく。
テーマだけを見るとハードなSFのようだが、野田が提示するのは“科学の皮を被った虚構”だ。だからこそ、俳優たちの解釈と創造力が物語を立ち上げる鍵になる。
◆ 阿部サダヲ――身体で物語を切り開く“再挑戦”
阿部サダヲがNODA・MAPに参加するのは、2021年の番外公演『THE BEE』以来。
大型の新作への出演は久々であり、「タイトルに“華氏”“マイナス”と聞いて、何が起きるんだろうとワクワクした」と語っている。言葉のニュアンスや仕掛けを読み解く野田作品において、阿部のしなやかで瞬発力のある身体表現は強い存在感を放つ。
特に今回は、時代も空間も飛び越える設定が特徴だ。視覚情報よりも俳優の身体が“時代の空気”をつくり出す舞台において、阿部の演技は観客を強引に物語へ引き寄せる力を持っている。
また、国内公演に続き7月にはロンドン・Sadler’s Wells Theatreでの上演も控えており、彼にとっては“観客の文化圏が異なる環境で作品を届ける”という新たな経験にもなる。本人も「初めてのロンドンでの公演が楽しみ」と語り、その表情には挑戦者としての気配がある。
◆ 広瀬すず――映像の枠を越え、舞台で育つ“感性の現在地”
広瀬すずがNODA・MAPの舞台に立つのは、『Q:A Night At The Kabuki』初演と再演に続く三度目。
本人は「初舞台ではただ自由に立っていたけれど、回数を重ねるほど緊張感と責任を感じるようになった」と語る。映像作品で磨かれた繊細な表現に加え、舞台のダイレクトな反応を受け取ることで、彼女の“表現者としての軸”が一段深まっていることがうかがえる。
今回の『華氏マイナス320°』については「どんな世界に連れていかれるのか、まったく想像がつかずドキドキしている」とコメント。
タイトルから情報を読み取ろうとしたものの、野田作品らしい“予測不能さ”に直面し、作品そのものへの興味と緊張を率直に示している。
先輩俳優から学ぶ姿勢を大切にしてきた広瀬にとって、このカンパニーは表現領域をさらに広げる場になるはずだ。
◆ 深津絵里――30年の信頼が生む“揺るぎない軸”
深津絵里と野田秀樹の関係は、1997年『キル』から始まった。
以降6作品への出演(通算8度)を重ね、彼女にとってNODA・MAPは“長く共に歩んできた創作の場”といえる。
「22歳で野田さんと出会ってから30年。他にこんなにも長くご一緒している方はいません」と語る言葉には、年月の積み重ねから生まれた静かな信頼が宿る。
今回の新作については「どんな作品になるのか想像がつかない」としつつも、「心強いキャストの皆さんと覚悟を持って勤めたい」とコメントしている。
深津の持つ柔らかさと鋭さは、野田作品の“言葉が跳ねる世界”と呼応し、作品に奥行きを与える。
また、広瀬すずとは今回が初共演。世代も背景も異なる俳優が同じ舞台に立つことで、新しい緊張と化学反応が生まれることは間違いない。
◆ 野田秀樹の“正しくないSF”に俳優たちがどう挑むのか
『華氏マイナス320°』は、書籍『華氏451度』に着想を得たように見えるが、方向性はまったく異なる。
“科学に基づくSF”ではなく、“科学を装った虚構”を用いるこの作品では、俳優がどこまで観客の想像力を刺激できるかが勝負だ。
今回の主役となる阿部・広瀬・深津は、演技スタイルも歩んできた道もまったく異なる。
だからこそ、三人の“今”という時間軸が重なり合ったとき、作品の輪郭が立ち上がる。
観客は舞台上で起きる“起こってしまったこと”を追体験するように物語を受け取ることになるだろう。
◆ 公演情報
東京公演:2026年4月10日〜5月31日
会場:東京芸術劇場 プレイハウス福岡公演:2026年6月6日〜6月14日
会場:J:COM北九州芸術劇場 大ホールロンドン公演:2026年7月2日〜7月11日
会場:Sadler’s Wells Theatre大阪公演:2026年7月22日〜8月2日
会場:新歌舞伎座
国内外を巡る大規模ツアーであり、日本の演劇を世界に届ける試みとしても注目されている。
◆ まとめ ― 三人の“今”が、未知の舞台をつくる

阿部サダヲの経験と身体性。
広瀬すずの感性と成長。
深津絵里の信頼と深化。
これら三つが野田作品の“正しくないSF”に交差して生まれるものは、予測不能でありながら、確実に観客の想像力を動かすだろう。
『華氏マイナス320°』は、物語そのものだけでなく、三人の俳優が“いま”立つ場所をそのまま投影するような舞台になる。




