音楽

なぜ星野源は松重豊と音楽を旅するのか 「おともだち」から見える二人と音楽の関係

なぜ星野源は松重豊と音楽を旅するのか 「おともだち」から見える二人と音楽の関係

音楽番組と聞いて、多くの人が思い浮かべるのはスタジオ、照明、整えられた音響環境だろう。

しかし星野源が新たに立ち上げたNHKの番組「星野源と松重豊のおともだち」は、そうした前提を静かに外していく。舞台はスタジオではなく、街や旅先。語り合う相手は音楽評論家でもミュージシャンでもなく、俳優・松重豊だ。この組み合わせは、単なる意外性ではなく、星野が音楽と向き合ってきた姿勢そのものを映し出している。







星野源が一貫して問い続けてきた「音楽の居場所」

星野源の音楽活動や番組企画を振り返ると、常に「音楽はどこに存在するのか」という問いがある。「おげんさんといっしょ」では、家族という設定の中で音楽が日常に溶け込む様子を描き、「星野源のおんがくこうろん」では、音楽を言葉でほどき直す試みを行ってきた。「おげんさんのサブスク堂」もまた、聴取環境そのものをテーマにした企画だった。

今回の「おともだち」は、その延長線上にありながら、より踏み込んでいる。音楽を“語る”のではなく、“連れて歩く”。場所が変わることで音の響き方が変わり、記憶の立ち上がり方が変わる。その変化自体を楽しむという発想は、音楽を作品としてだけでなく、体験として捉える星野らしい視点だ。

松重豊という存在がもたらす温度

では、なぜ旅の相手が松重豊なのか。松重は俳優として知られる一方、音楽好きを公言してきた人物でもある。ただし彼は、音楽を専門的に語る立場ではない。だからこそ、感想は過度に分析的にならず、生活者としての実感に近い言葉になる。

この距離感は重要だ。ミュージシャン同士の対話では、どうしても専門用語や制作側の視点が前に出る。一方で、松重の言葉は「その場でどう感じたか」「なぜ心に残ったか」という、ごく個人的な感覚に根ざしている。星野が求めているのは、音楽を評価する視点ではなく、音楽と共に時間を過ごす視点なのだろう。







「対談」ではなく「旅」である理由

なぜ星野源は松重豊と音楽を旅するのか 「おともだち」から見える二人と音楽の関係

番組が選んだ形式は、椅子に座って向かい合う対談ではなく、移動を伴うロケだ。初回の舞台は鎌倉。海辺、定食屋、路地裏のカフェといった場所で音楽を鳴らし、その都度、感じ方の違いを確かめていく。

旅には偶然が入り込む。天候、街の音、人の気配。そうした要素が音楽と混ざり合うことで、同じ曲でもまったく別の表情を見せる。その変化を共有するためには、固定されたスタジオよりも、動き続ける旅の方がふさわしい。「おともだち」という番組名も、議論や結論より、並んで歩く関係性を示しているように見える。

二人の関係性が生む“安心感”

星野源と松重豊は、緊張感のある上下関係でも、過剰に近い距離でもない。互いの領域を尊重しながら、同じものを見て、同じ音を聴く。そのフラットな関係性が、番組全体に独特の安心感をもたらしている。

音楽番組でありながら、視聴者に「正しい聴き方」を提示しない点も特徴的だ。感じ方は人それぞれでいい。場所が変われば印象が変わって当然だ。その前提を共有する二人だからこそ、番組は静かで開かれた空気を保っている。







大人になってから、音楽はどこへ行くのか

年齢を重ねるにつれ、音楽との付き合い方は変わっていく。若い頃のように、新しい音楽を必死に追いかける時間は減り、代わりに「すでに知っている曲」を聴く時間が増える人も多いだろう。それは音楽への関心が薄れたというより、生活の中で音楽の位置が変わった結果だ。

「おともだち」が提示するのは、そうした変化を否定しない音楽のあり方だ。新譜を評価するでもなく、名盤を講義するでもない。旅先で流れた一曲が、その日の空気や匂いと結びつき、思いがけず心に残る。その体験自体が、音楽の価値だと示している。

星野源が松重豊と音楽を旅する理由は、ここにあるのだろう。音楽を特別なものとして持ち上げるのではなく、生活の隣に戻す。そのためには、音楽家だけの視点では足りない。俳優として、生活者として音楽を愛してきた松重豊という存在が必要だった。

この番組は、音楽の知識を増やすためのものではない。むしろ、「次に音楽を聴くとき、少しだけ場所を意識してみよう」と思わせてくれる。その小さな変化こそが、星野源が長く続けてきた音楽番組シリーズの核心であり、「おともだち」が新たに差し出した答えなのかもしれない。

この記事を書いた編集者
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ポプバ編集部:Jiji(ジジ)

映画・ドラマ・アニメ・漫画・音楽といったエンタメジャンルを中心に、レビュー・考察・ランキング・まとめ記事などを幅広く執筆するライター/編集者。ジャンル横断的な知識と経験を活かし、トレンド性・読みやすさ・SEO適性を兼ね備えた構成力に定評があります。 特に、作品の魅力や制作者の意図を的確に言語化し、情報としても感情としても読者に届くコンテンツ作りに力を入れており、読後に“発見”や“納得”を残せる文章を目指しています。ポプバ運営の中核を担っており、コンテンツ企画・記事構成・SNS発信・収益導線まで一貫したメディア視点での執筆を担当。 読者が「この作品を観てみたい」「読んでよかった」と思えるような文章を、ジャンルを問わず丁寧に届けることを大切にしています。

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