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『かぐや姫の物語』はなぜ心を離さないのか──高畑勲が“竹取物語”に託した問い

『かぐや姫の物語』はなぜ心を離さないのか──高畑勲が“竹取物語”に託した問い

千年以上前に成立したとされる『竹取物語』は、日本文学の原点として語り継がれてきた。その物語を、2013年に一本の長編アニメーションとして現代に差し出したのが、かぐや姫の物語である。

監督は、スタジオジブリ共同創設者であり、日本アニメーション史において独自の思想を貫いた高畑勲
。本作は彼にとって最後の長編映画となった。

公開から10年以上が経過した現在でも、『かぐや姫の物語』は定期的に再評価され、テレビ放送や配信をきっかけに新たな観客を獲得し続けている。なぜこの作品は、時代を越えて語られ続けるのか。その答えは、「映像表現の革新」だけではなく、かぐや姫という存在そのものをめぐる、徹底的な問い直しにある。







「描かない」ことで生まれた、想像の余白

『かぐや姫の物語』を語る上で避けて通れないのが、その絵の在り方だ。水彩画、水墨画、絵巻物を思わせる線と色彩。背景は必ずしも描き込まれず、輪郭線すら揺らぎ、時に崩れる。

これは単なる美術的な趣向ではない。高畑勲は、「すべてを描き切らないことで、観る側の記憶や感情を呼び起こす」ことを、長年のテーマとしてきた。

『ホーホケキョ となりの山田くん』で試みたスケッチ的表現を、本作ではさらに極限まで押し進めている。

線が簡素であるがゆえに、観客は無意識のうちに「補完」しようとする。その想像力こそが、かぐや姫の感情や葛藤に寄り添う回路となる。完成された絵を受け取るのではなく、物語に参加させられる感覚が、この作品の根幹にある。

なぜ「竹取物語」だったのか

『かぐや姫の物語』はなぜ心を離さないのか──高畑勲が“竹取物語”に託した問い

当初、高畑勲が構想していた題材は『平家物語』だった。しかし、暴力描写を避けたいという制作上の判断から、別の古典が検討される。その中で改めて浮上したのが、『竹取物語』だった。

高畑は以前から、この物語に強い違和感と関心を抱いていたという。

「かぐや姫はなぜ地上に来たのか」

「なぜ、あれほど愛されたにもかかわらず、月へ帰らねばならなかったのか」

物語の核心であるこの不可解さこそが、人々を千年にわたって惹きつけてきた理由ではないか。高畑はそう考え、その“わからなさ”を解消するのではなく、正面から引き受ける物語を作ろうとした。

奔放な少女と、閉ざされていく心

『かぐや姫の物語』は、前半と後半で世界の質感が大きく変わる。山里で野山を駆け回り、笑い、叫び、自由に生きる幼少期のかぐや姫。そして、都に移され、姫として扱われる中で、次第に表情を失っていく姿。

物語は、かぐや姫を「悲劇のヒロイン」として一方的に描かない。善意であっても、社会の規範や期待が、個人の自由を奪っていく過程を淡々と示す。その描写は、現代を生きる観客にとって決して他人事ではない。

居場所を求めながら、どこにも完全には属せない。期待される役割を演じるほど、本当の自分から遠ざかっていく。その感覚は、古典の姫君でありながら、驚くほど現代的だ。







月へ帰るラストが突きつけるもの

終盤、かぐや姫は月へ帰る。原典どおりの結末でありながら、その意味合いは大きく異なる。

そこにあるのは救済なのか、断絶なのか。あるいは、どちらでもないのか。

高畑勲は答えを提示しない。ただ、かぐや姫の選択と、それを見送る人々の感情を描き切る。その静けさと痛みが、観る者の中に問いを残す。

「幸せとは何か」

「自由とは、誰のためのものか」

物語が終わっても、その問いは消えない。

なぜ今、『かぐや姫の物語』なのか

『かぐや姫の物語』が繰り返し語られる理由は、映像の美しさや制作背景だけではない。

この作品は、古典を借りながら、現代社会に生きる私たちの不安や息苦しさを、極めて静かに言語化している

どこかに居場所があるはずだと信じたい気持ち。それでも、完全には馴染めない感覚。選択する自由と、その代償。

かぐや姫が月へ帰る物語は、終わりではなく、問いの始まりなのだ。だからこそ、この作品は今も観られ、語られ、次の世代へと手渡されていく。

かぐや姫という“物語装置”について

『竹取物語』におけるかぐや姫は、物語を動かす中心人物でありながら、完全に理解されることを拒む存在だ。求婚者たちは彼女を手に入れようとするが、誰一人として本質には辿り着けない。帝でさえ、彼女を引き留めることはできない。

高畑勲版『かぐや姫の物語』は、この構造を現代的に拡張している。かぐや姫は「理想」や「期待」を映し出す鏡であり、それを向ける側の欲望や善意を浮き彫りにする装置として機能する。

重要なのは、彼女が何者だったのかではなく、彼女を通して何が暴かれたのかだ。家族、社会、権力、文化。すべてが「正しいこと」をしているつもりで、彼女を追い詰めていく。

だからこの物語は、時代が変わっても古びない。かぐや姫は、常に「今」の社会に降り立ち、その矛盾を照らし出す存在だからだ。

『かぐや姫の物語』は、古典の映像化ではない。古典を使って、私たち自身を見つめ返すための作品なのである。

『かぐや姫の物語』はなぜ心を離さないのか──高畑勲が“竹取物語”に託した問い

2026/1/9

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ポプバ編集部:Jiji(ジジ)

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