破滅を知る少女と、愛を伝えられない父
「お父さん、私この結婚イヤです!」――その衝撃的なタイトルは、一見コメディのようにも響く。
しかしこの作品は、単なる“結婚拒否”の物語ではない。
韓国発の人気Webtoon原作をもとに、一迅社の「カラフルハピネス」レーベルから刊行されているこのシリーズは、悪役令嬢ジャンルの中でも“家族愛”と“ロマンス”を同時に描く稀有な物語だ。
主人公ジュベリアン・フェレディアンは、公爵家の一人娘。
社交界では「傲慢」「わがまま」「友達のいない令嬢」と評されている。
だが実際の彼女は、人に拒絶され、父からも冷たく扱われた過去を抱えながら、それでも懸命に“愛される方法”を模索している女性だ。
ある日、彼女は前世の記憶を取り戻す。
そして、自分が登場する小説の中で“悲惨な最期”を迎える悪役令嬢であることを知る。
それを回避するために、彼女は行動を起こす――「この結婚だけは絶対にイヤです!」と。
だがその叫びは、単なる恋愛の拒否ではない。
ジュベリアンの本当の願いは、“生きたい”という心からの叫びなのだ。
『お父さん、私この結婚イヤです!』という異色の構造
この作品の魅力は、ジャンルの常識を覆す三重構造にある。
- 転生×悪役令嬢という王道設定
- 契約結婚という恋愛の駆け引き
- 父と娘のすれ違いが物語の根幹を成す“家族ドラマ”
多くの悪役令嬢ものが「恋愛」か「ざまぁ展開」を中心に描かれるのに対し、本作はそのどちらでもない。
ジュベリアンの物語は、“誤解されたままの愛”を修復する物語である。
父レジス・フェレディアン公爵は、冷徹で恐れられる名将。
だが、その本心は「娘を守りたい」という一途な想いに満ちている。
問題は、それを表現できないということだ。
娘を遠ざけるような態度をとりながら、裏では彼女の安全を誰よりも気にかけている――この「不器用な父親像」が読者の心を打つ。
ジュベリアン ―― “悪役令嬢”ではなく“誤解された娘”
ジュベリアンが前世を思い出す瞬間は、物語の転換点だ。
「このままでは破滅する」という恐怖が、彼女を行動へと駆り立てる。
彼女が選んだ手段は、“契約結婚”。
自分の地位を守るため、表面上の婚約者を得ようと考えたのだ。
しかし、その相手こそが――父の教え子であり、皇太子の座を狙う青年マクスだった。
ここで物語は、単なる転生ものから一気に“人間ドラマ”へと深化する。
ジュベリアンは父に愛されていないと思い込んでいる。
だが読者には見えている――父の行動の裏には、娘への愛が潜んでいるのだ。
この“情報のズレ”が、物語全体の緊張感を支えている。
そして同時に、読者はジュベリアンの成長と共に、「愛されていたことを理解する過程」を見届けることになる。
レジス・フェレディアン ―― 無言の父の愛
父レジスの描かれ方は、悪役令嬢作品における“父親”の常識を覆す。
多くの作品では、父親は「権力者」「政治的存在」としてしか描かれない。
しかしこの物語では、彼の存在こそが娘の運命を変える鍵だ。
レジスは無口で厳格、そして恐ろしく冷静。
だが、彼の行動のすべてはジュベリアンの幸せのためにある。
敵を遠ざけ、娘を守り、陰であらゆる策をめぐらせている。
彼女の婚約話に対して激しく反発するのも、彼女を利用しようとする者から守るためだ。
それでもジュベリアンには伝わらない。
「父は私を嫌っている」と思い込む彼女に、彼はただ背を向ける。
その背中に、どれほどの愛情と葛藤が詰まっているのか――それを理解するのは、物語の終盤になってからだ。
皇太子マクス ―― 契約の仮面の裏にある“真実の恋”
マクスは、皇族としての威厳と冷徹さを併せ持つ青年。
ジュベリアンとの出会いは、打算と偶然から始まる。
最初は彼女を“利用する存在”として見ていた。
だが、彼女が誰よりも誠実で、愛に飢えながらも自立している姿を目にし、少しずつ心を開いていく。
ジュベリアンにとって、マクスは“初めて対等に向き合ってくれる相手”だった。
父の愛に気づけなかった彼女が、恋人の愛を通して「愛されるとは何か」を学んでいく。
そしてこの恋こそが、彼女の破滅の運命を根底から変える鍵になる。
契約関係から始まった二人が、次第に“本物の絆”へと育っていく過程――
この静かな変化が、本作のロマンス部分の最大の魅力だ。
運命回避の本質 ―― “愛される勇気”を持つこと
多くの悪役令嬢作品では、破滅=死や追放として描かれる。
しかし本作の“破滅”はもっと繊細だ。
それは「誰にも理解されず、孤独のまま終わること」だ。
ジュベリアンは、恋愛でも家族でも、誰かに心を開くことを恐れている。
だが、マクスとの関係と父の愛に気づくことで、彼女はようやく自分が“愛してもいい存在”だと知る。
この瞬間こそ、真の意味での運命回避である。
つまり、本作のテーマは“破滅を回避する”ことではなく、
“誤解を解いて愛を受け入れる”ことなのだ。
結末予想 ―― 二重のハッピーエンドへ
韓国版の原作小説では、物語はまだ進行中だが、
描写から見えてくる未来は、“二重のハッピーエンド”の可能性が高い。
- 第一のハッピーエンド:ジュベリアンとマクスの恋愛成就
- 第二のハッピーエンド:父レジスとの和解と、親子の再生
マクスの正体が明らかになるにつれ、ジュベリアンの“破滅ルート”が消えていく。
一方で、父レジスは娘を守り続けていたことを明かし、互いに抱えていた誤解が解かれる。
読者にとって、その瞬間は“恋愛”を超えた“人間の救い”を感じる場面となるだろう。
■なぜこの作品が支持されるのか
悪役令嬢ものが飽和する中で、『お父さん、私この結婚イヤです!』が人気を保つ理由は明確だ。
それは、“ざまぁ”でも“逆転”でもなく、“理解と赦し”を描いているからである。
- 父娘の関係が主軸にあることで、物語に“血の通った感情”が生まれている。
- 恋愛パートは甘くも落ち着いていて、感情の成長を丁寧に描く。
- 悪役令嬢という題材に「家族の再生」という現実的テーマを融合させた。
このバランスが、多くの読者に“共感と癒し”を与えているのだ。
悪役令嬢が見つけた「本当の幸せ」
ジュベリアンは、最初から「愛されたい」と願っていた。
だが、その愛は父からも、社交界からも得られなかった。
彼女が破滅を避けるために選んだ契約結婚は、
皮肉にも“本当の愛”へと導く扉だった。
父の愛に気づき、恋人の愛を受け入れ、自分を愛せるようになったとき――
彼女の“破滅ルート”は完全に閉ざされる。
『お父さん、私この結婚イヤです!』は、転生や復讐ではなく、
「愛の伝え方を学ぶ」物語だ。
それは、誰かを傷つけてしまった人にも、
愛されることに怯えている人にも、
静かに語りかけてくる。
――あなたは、最初から愛されていたのだと。
■ 「悪役令嬢」ブームの中で光る“親子愛”というテーマ
2020年代に入り、“悪役令嬢もの”はジャンルとして確立された。
だが、その多くは「自立」「復讐」「ざまぁ」を軸とする。
そんな中で本作は、“赦し”を中心に据えるという異色の立場をとった。
父という存在は、少女漫画では往々にして“抑圧者”として描かれる。
しかしレジスは違う。
彼は愛情をうまく表現できない、現実的な“父親の不器用さ”を象徴している。
このリアリティが、読者の胸を打つ。
恋愛も親子愛も、「理解されたい」という一点に集約される。
ジュベリアンの物語は、“理解されなかった者たち”の再生譚でもあるのだ。
『お父さん、私この結婚イヤです!』は、悪役令嬢もののフォーマットを使いながら、
恋愛と親子の赦しを描く人間ドラマとして完成されている。
破滅を恐れた少女が、愛の形を学び、自分自身を受け入れていく――
その旅路は、読者にとっても“心の和解”の物語となるだろう。