「母と暮らせば」を観る前に知っておきたいこと
社会派映画としての『母と暮せば』
本作は、母の前に原爆で死んだはずの息子・浩二が現れるという設定からファンタジーと言えるが、観客の心にストレートに響くテーマは社会派としての側面を強く感じる。
この映画を見ることで、戦後70年という節目の今、改めて考えらされることは多い。
広島、長崎に投下された原爆という事実は今、次の世代に語られる形で伝承される過渡期にあり、世界で唯一の被爆国であることも世代が変わることで薄れつつある。
本作のようなメッセージ性の強い作品が世に送られることで原爆投下の事実は風化しない。とても重要なことだ。
それと当たり前のことだが、今日本に戦争がないこと、家族といられること、恋人といられること、を普通に享受できるありがたさというのも改めて認識することができる。
今となっては、原爆投下はある種の運命のように感じてしまうが、あれは間違いなく人間の業であり、悲劇である。それによって繋がっていくはずの命の系譜も断たれてしまったのだ。
本作では、浩二が恋人・町子が次に進むことを受け入れることができるかがテーマとして描かれているが、それは原爆投下によって命の系譜が変わってしまったことを伝えてくれた。
原爆投下がなければ、町子がまた別の人を好きになることはなかったはずだ。
死んだはずの浩二が再び現れるという設定はファンタジーでありながら、それによって原爆投下が人間の愚かな歴史であることを深く刻んでいく。
日本を代表する劇作家・井上ひさしと日本を代表する映画監督・山田洋次
井上ひさしは劇作家と小説家の顔も持ち、その創作活動は「難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを面白く」が常に心がけられていた。
ゆえに言葉に関する知識は国語学者並みであった。
そんな井上ひさしであるが、彼の戯曲(舞台脚本)は現代日本において一級品と言われるほど特に評価が高かった。
彼が亡くなった際には、三谷幸喜、別役実、野田秀樹ら日本を代表する同じ劇作家たちから最大級の賛辞が寄せられた。
日本を代表する劇作家・井上ひさしは作家として遅筆でも有名であった。
そのことは本作を山田洋次監督が手掛けるきっかけとなったように思う。
井上ひさしは晩年に広島、長崎、沖縄をテーマにした「戦後命の三部作」という構想を描いていた。
広島は「父と暮せば」で描かれたものの、その構想は未完のままだった。
そしてその意思を継ぐ形で日本を代表する映画監督・山田洋次が広島を描いた「父と暮せば」と対になる長崎を描いた作品『母と暮せば』を完成させた。
山田洋次監督は、50年以上のキャリアがあり83本もの映画を撮ってきた巨匠と言うに相応しい監督だ。
そんな監督が集大成として本作に挑んだことで、日本を代表する二人のコラボレーションが実現した。
これは舞台、映画、それぞれのファンにとって幸せなことだと思う。