
井上芳雄という名前を聞いて、多くの人はまず「主演俳優」という肩書きを思い浮かべるだろう。
『エリザベート』『モーツァルト!』『ベートーヴェン』『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』など、日本のミュージカル史を代表する作品群の中心に、彼は長く立ち続けてきた。
一方で近年の井上芳雄は、舞台に立つだけの存在にとどまっていない。
インタビューや発信を通して、日本のミュージカル界そのものについて言葉を尽くし続けている。その姿勢に、違和感ではなく必然を感じる人も多いのではないだろうか。
なぜ、第一線に立つ俳優が、これほどまでに「未来」を語るのか。
その理由は、彼のキャリアの長さではなく、現場で積み重ねてきた視点の厚みにある。
25年以上、中心に立ち続けてきた俳優の視界

井上芳雄は、デビュー以降25年以上にわたり、日本ミュージカル界の中心で活動してきた。
帝国劇場をはじめとする大劇場作品、海外ミュージカルの日本初演、さらには小規模で密度の高い作品まで、その出演歴は幅広い。
重要なのは、彼が「主演作の数」だけで評価される俳優ではないという点だ。共演者、演出家、作家、オーケストラ、スタッフ、そして観客。舞台を成立させるすべての要素を、常に最前線で見続けてきた人物である。
そのため、井上芳雄の言葉は評論的になりすぎない。
成功の実感も、うまくいかなかった現場の空気も、どちらも知っている人間の語りだからだ。
なぜ今、言葉として残したのか
著書『ミュージカル新時代』が示す問題提起
2025年12月22日、井上芳雄は著書『ミュージカル新時代』(日経BP)を刊行した。
デビュー25周年という節目に出版されたこの一冊は、記念的な自伝や回顧録ではない。
本書で語られているのは、現在進行形のミュージカル界の構造だ。
韓国ミュージカルの育成環境、活気を取り戻しつつあるブロードウェイ、そして一時閉館した帝国劇場への思い。
さらに、作家・作曲家の育成、若手俳優が育つための時間、観客の役割にまで視点は及ぶ。
ここで特徴的なのは、誰かを批判するための言葉ではないという点である。
本書は、日本のミュージカルが抱えている課題を整理し、「どうすれば次につながるのか」を読者と共有しようとする構成になっている。
本書から浮かび上がる「静かな停滞」という論点
日本のミュージカル界は、外から見ると安定しているようにも映る。大型作品は継続的に上演され、出演者の技術水準も高い。
しかし『ミュージカル新時代』で提示されているのは、別の側面だ。
キャスティングが慎重になり、挑戦の余地が狭くなっていること
若手が育つ前に消耗してしまう構造
作家・作曲家が長期的に育成されにくい環境
技術は整っているが、表現の「温度」が伝わりにくくなっているという感覚
これらは特定の個人の問題ではなく、業界全体の設計に関わる論点として提示されている。
あの“震える声”は、なぜ生まれにくくなったのか
以前当サイトでは、
「新妻聖子・笹本玲奈・堀内敬子を超える若手はなぜ現れない?」
という記事を掲載した。
そこでは、ミュージカルを専門的に学んできたわけではない書き手が、それでもはっきりと「違いが分かった」と感じた体験が語られていた。
新妻聖子の歌に宿る切実さ。
笹本玲奈の舞台を支配する安定感。
堀内敬子の、技術だけでは説明できない人間味。
なぜ、あのような衝撃に出会う機会が減ったと感じるのか。井上芳雄が本書で提示している課題は、この問いと強く響き合っている。
若手が育たないのではなく、育つ前提となる時間や空気が失われつつある。その構造的な問題を、内側から言語化している点に、本書の価値がある。
現在の活動から見える「実践者としての姿勢」

井上芳雄は、言葉だけで問題を語る人物ではない。
2025年12月から2026年1月にかけて、シアタークリエで上演されているミュージカル『ダディ・ロング・レッグズ』に出演している。
大規模な装置や人数に頼らず、声と物語で観客と向き合うこの作品への参加は、彼自身が「ミュージカルとは何か」を舞台上で問い続けている姿勢の表れとも言える。
大作と小規模作品の両方に立ち続けること。それ自体が、彼なりの答えなのかもしれない。
井上芳雄が投げかけている問い
『ミュージカル新時代』を通して感じられるのは、悲観ではなく問題提起だ。
若手俳優、作り手、そして観客に向けて、「次に何ができるのか」を考えるための材料が提示されている。
ミュージカルは、舞台に立つ人間だけで成立する芸術ではない。
観る側が何を求め、何に拍手を送るのか。その温度が、舞台の温度になる。
観客の温度が、ミュージカルの未来を左右する
新妻聖子や笹本玲奈、堀内敬子が強烈な印象を残した理由は、単なる技術ではなかった。
彼女たちは、失敗も成功もその場で引き受ける覚悟を持って舞台に立っていた。
今の日本ミュージカル界に必要なのは、新しい才能を探すこと以上に、才能が育つ時間を許容する文化なのかもしれない。
そして、その文化を支えるのは観客だ。知らない名前に拍手を送ること。完成度だけでなく、表現の温度に身を委ねること。
井上芳雄が“未来”を語り続ける理由は、そこにある。
彼は答えを押しつけているのではない。考えるための問いを、舞台と書籍の両方から投げかけ続けているのだ。

ミュージカル新時代
世界そして日本のミュージカル界で何が起こっているのか、そのなかで日本のミュージカルはどうあるべきなのか。韓国での歌のレッスン、ブロードウェイ復活の原動力、帝国劇場の思い出、ミュージカルを志す人たちに伝えたいことなど、ミュージカルを愛する井上芳雄ならではの視点と洞察でミュージカルの今と未来を語る。デビュー25周年記念出版。
井上芳雄はなぜ“ミュージカルの未来”を語り続けるのか|第一線に立つ俳優が見つめる日本ミュージカルの停滞と次の一手
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